生成AIを活用したDX推進:ベテランのノウハウを可視化するための取り組み
目次
DX推進の次のステージで見えた新たな壁
DXの取り組みを始めて3年。業務のペーパーレス化やRPAによる自動化が進み、年間5440時間の工数削減を達成しました。トップダウンとボトムアップを両立させながら、確実に成果を積み上げてきました。
しかし、新たな課題が見えてきました。同社の平均年齢は43歳。今後5〜10年の間に、役職定年や世代交代が本格化します。ベテラン社員が持つ技術やノウハウをどう次世代に伝えるか。この「技能伝承」が喫緊の課題として浮上したのです。
実際、ベテランの引退後には、不良品の増加や不適合の発生が確認されるようになっていました。
これまで現場では、改善活動の一環としてワンポイントレッスンや注意事項の文章化などに取り組んできましたが、内容や種類が多岐にわたり、必要な情報を必要なタイミングで探し出すことが難しい状況にありました。
また、ベテランの多くは職人肌で、暗黙知に基づく指導が中心であった一方、動画など視覚的な情報に慣れた若手世代にとっては、既存の改善資料が十分に活用されにくい面もありました。このギャップが、結果として「どこに何が書いてあるのかわからない」「必要なポイントにたどり着けない」といった若手の声につながっていたのです。
現場を回って集めた106件の要望
技能伝承の課題に対し、同社は2025年2月から動画マニュアルの作成を始めました。まずは水道関連部品を製造する加工工場で試験的に導入しました。
また、システム化に関してヒヤリングの要望もあり2025年7月、社長とDX推進担当者は1ヶ月かけて全部署を回りました。
DX推進の1〜3年目で学んだことがありました。「トップダウンで方向性を示し、ボトムアップで現場を巻き込む」ことの重要性です。経営層の理解を得て、管理職の協力を引き出し、一般社員の参加を促す。この段階的なアプローチで、DXは組織に根付き始めていました。各部署で管理職や現場のリーダーと対話を重ねました。1か月で集まった声は106件。生成AIを使ってマインドマップで整理すると、明確な傾向が見えてきました。担当者が分析したところ、教育のニーズが多かったのです。現場が抱えていたのは、新人教育の時間不足、ベテランの技術の言語化、外国人従業員への指導方法など、人材育成に関する課題でした。
中でも特に深刻だったのが、技能伝承です。前述の通り、ベテランの引退後に不良品が増えるという問題が現実に起きていました。このままでは、次世代に技術を継承できません。 こうして、1番効果的なものから進めるという方針で、動画マニュアルの展開を加速させていきました。
動画マニュアル作成の壁
技能伝承には動画マニュアルが有効です。作業の手順を映像で残せば何度でも見返せるし、言葉では伝えにくい「カンとコツ」も実際の動きで伝わります。
実際、動画マニュアルの制作は以前から始めていました。しかし、大きな壁がありました。従来の作り方では、ナレーション原稿を元にプレゼン資料を仮作成し、1スライドごとに音声を録音します。ここまでで約30分。さらに、音声に合わせてスライドの表示時間を調整する作業に時間がかかります。結果、1つの動画マニュアル(2〜3分程度)を作るのに、トータル90分。現場の管理職やベテラン社員にとって、この時間負担は大きすぎました。
「作りたいけど、時間がない」「他の業務が回らなくなる」
有効な手段だとわかっていても、動画マニュアルの普及は進みませんでした。
動画を朝撮影、午後に多言語版
この課題を解決したのが、生成AIによる音声合成でした。
ナレーション原稿をスライドごとに入力すると、音声が自動生成されます。音声ファイルごとに区切った時間設定も自動で行われるため、手動での調整が不要です。結果、作業時間は90分から45〜60分に短縮されました。1ファイル30〜40分でカンとコツを含む自動ナレーションが完成します。
多言語対応も簡単です。同社には外国人従業員やインドネシア人技能実習生がいます。日本語の原稿から、自然な音声でインドネシア語版や中国語を瞬時に生成できます。朝に撮影した動画が、午後には多言語版として完成していました。
このスピード感に、現場は驚きました。
9ヶ月で178種類―動画マニュアルの広がり
この仕組みが回り始めると、動画マニュアルの数は一気に増えました。2025年10月末時点で178種類に達しています。内容は多岐にわたります。朝の機械立ち上げ手順、検査機器の操作方法、安全作業の標準手順、工程内検査のポイント、新人向けの営業マニュアルまで。製造現場だけでなく、営業部門でも活用が広がっています。
動画マニュアルが現場を変えています。新人はまず動画で予習し、わからないところだけベテランに聞きます。ベテランは同じことを繰り返し教える負担から解放されました。教える側の負担が減り、教わる側は自分のペースで学べる。外国人従業員も母国語で学べるため、理解が早まりました。管理職に代わって現場のリーダーが教育を担当できるようになり、インドネシア実習生、日本人、外国人従業員を問わず同時教育が可能になりました。
ベテランの知恵を次世代に―過去の取組に感謝しつつ再構築
動画マニュアル作成の過程で、重要な気づきがありました。それは「ベテランのカンとコツを、どう言葉にするか」という課題です。
動画マニュアルを作り続けるうちに、「ここはこう伝えないとわからない」という勘所が見えてきました。「あそこのこれをこう見てください」では、伝わりません。「どこの」「何を」「どう見る」と具体的に説明する必要がありました。管理職やベテランと一緒にやりながら、正確に伝える方法を探っていったのです。
この取り組みの本質は、「過去の取組に感謝しつつ再構築」することです。過去の暗黙知を否定せず、生成AIを介して次世代に伝える。ベテランの負担を減らしながら、知恵を残していく仕組みができました。
現場の声を起点に、適切なツールで解決する
この取り組みの本質は、生成AIの活用そのものではありません。現場の声を丁寧に聞き、本当に必要な課題を特定したことです。106件の要望から「技能伝承」という課題を見つけ、動画マニュアルという手段を選び、作成時間の壁を生成AIで取り除く。このプロセスが成果を生みました。
DX推進は、ツールありきではありません。現場と対話し、課題を見極め、適切なツールを選ぶ。このサイクルを回し続けることが、持続可能なDXにつながります。
生成AIを使う人は増えましたが、AIに「何を問うべきか」を意識して使う人はまだ少ないのが現状です。適切な問いを立てられなければ、AIの答えは的外れになり、成果にもつながりません。
AI時代に人間が果たすべき役割は「問いを立てること」です。AIは答えを導く強力な道具ですが、何を問うかを決めるのは人間です。では、どうすれば良い問いを立てられるのか。その鍵は、AIの仕組みを理解することにあります。
AIの原理や推論の構造を知ることで、AIにできること・できないこと、そして人間が担うべき領域が見えてきます。これこそが「問いを立てる力」を育てる基盤です。
本ブログを運営する一般財団法人AI人材育成機構では、未経験からAIエンジニア・データアナリスト・データサイエンティストを育成するTokyo iX「AIエンジニア学科」「データサイエンス学科」を開講しています。
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